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山形地方裁判所 昭和50年(ワ)234号 判決

原告

山崎文雄

被告

今よしゑ

ほか一名

主文

被告らは各自原告に対し、金二二五、四三五円及びこれに対する昭和五〇年一二月二〇日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二 原告のその余の請求を棄却する。

三 訴訟費用は、これを二分し、その一を原告の、その余を被告らの負担とする。

四 この判決は、原告勝訴の部分に限り仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは、原告に対し、各自金四三七、〇五〇円及びこれに対する昭和五〇年一二月二〇日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  仮執行宣言。

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

3  仮執行免脱の宣言。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  事故の発生

(一) 発生日時 昭和五〇年八月一九日午後二時二二分頃

(二) 発生場所 山形市鉄砲町一丁目一番三一号先路上

(三) 加害車両 被告今よしゑ運転の普通乗用自動車(山形五五は一九六四号、以下甲車という。)

(四) 被害車両 原告運転の普通乗用自動車(山形五五ね二九四号、以下乙車という。)

(五) 事故の態様 事故現場は幅員約六・五メートルの南進一方通行路と幅員約四メートルの東西に通ずる道路との十字路交差点で、原告運転の乙車が南北に通ずる道路を南進中、被告今運転の甲車が西から東に向けて交差点内に進入し、交差点内で甲車と衝突した。

(六) 事故の結果 原告は右衝突事故により頸椎捻挫の傷害を受け、乙車は破損した。

2  被告らの責任

(一) 被告今は、甲車を運転し、本件交差点に進入しようとした際、交差道路を左方より進行中の乙車を約二一メートル先に発見したが、甲車の進行道路の幅員は約四・一メートル、乙の進行道路の幅員は約六・五メートルであり、交差道路の幅員の方が明らかに広いのであるから、乙車の通過を待つて進行すべき注意義務があるにもかかわらず、乙車の前を通過できるものと速断し進行した過失により、本件衝突事故を惹起した。

よつて、被告今は民法第七〇九条により原告の被つた損害を賠償する義務がある。

(二) 被告丸吉コンクリート工業有限会社(以下「被告会社」という。)は、甲車を保有し、自己のためこれを運行の用に供していたものである。

また被告今は被告会社の従業員であり、被告会社は被告今に甲車を平素使用させており、本件事故当時における被告今の甲車運転行為は被告会社の支配領域内にあり、したがつてその業務の執行中であつたところ、本件事故は前記のとおり被告今の過失により発生したものである。よつて、被告会社は原告に対し自動車損害賠償保障法(以下「自賠法」という。)第三条及び民法第七一五条第一項に基づき、原告の被つた損害(但し自賠法第三条については身体傷害による損害)を賠償する義務がある。

3  損害

(一) 慰謝料 金一一五、〇〇〇円

原告は、本件事故により前記のとおり頸椎捻挫の傷害を受け、昭和五〇年八月二一日から同年九月二日までの一三日間、上山治療院および松本整形外科医院に通院治療し、以後月一〇ないし一二日間の通院を継続し、同年一二月一二日以降も相当期間の通院治療を要する見込である。その他本件事故の態様等の事情に照らし、原告が被つた精神的苦痛を慰謝するには上記金額が相当である。

(二) 車両損害 金二五二、〇五〇円

右は乙車破損の修理費である。

(三) 代車賃借料 金七〇、〇〇〇円

右は乙車を修理していた期間中の代車賃借料である。

4  結論

よつて、原告は被告両名に対し右損害合計金四三七、〇五〇円及びこれに対する不法行為の後である昭和五〇年一二月二〇日(本訴状送達の翌日)から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実中、(六)の詳細は知らないが、その余の事実は認める。

2  同2の(一)の事実は否認する。

同2の(二)の事実のうち、被告会社が甲車の保有者であること、被告今が被告会社の従業員であることは認めるが、その余の事実は否認する。

3  同3の事実は知らない。

4  同4の主張は争う。

三  抗弁

1  被告今は本件交差点に進入するに際し、一時停車して左右の安全を確認した。そのとき左方の道路を交差点に向け進行して来た乙車を約二二メートル左方に発見したが、自己が先に交差点に進入する以上、乙車が一時停止してくれるものと信じ、発進した。ところが甲車が交差点の中央付近を通過したとき、乙車が甲車の左後部に衝突して来たもので、被告今には過失はない。かえつて本件事故は原告が交差点に進入するに際しての、安全不確認、前方不注視の過失によつて発生したものである。また甲車には構造上の欠陥、機能上の障害は何らなかつた。

よつて自賠法第三条の請求につき、被告会社は免責される。

2  仮に被告今に過失があり、それが本件事故の原因をなすものであつたとしても、前記のとおり原告にも過失があるのであるから、損害の算定にあたつては、この点を斟酌すべきである。

3  原告は自賠責保険から慰謝料として金三二、二〇〇円を受領し、損害は填補されている。

4  仮に、請求原因3の(二)(三)の損害が生じたとしても、本件事故は交差点における出合頭の事故であり、甲車も破損した。そこで原・被告間において各自自己の自動車の修理費を負担し、互いに請求しない旨の合意がなされた。したがつて、乙車の修理費は原告において負担すべきであり、また乙車の代車賃借料も右合意の効果として原告において負担すべきである。よつて、右損害の請求は失当である。

5  以上の主張が理由がないとすれば、次のとおり相殺を主張する。

本件事故は前記のとおり、原告が交差点に進入するに際し、左右の安全不確認及び前方不注視の過失によつて生じたものであり、その結果被告会社所有の甲車は破損し、被告会社はその修理費として金三〇四、八五〇円の出費を余儀なくされた。よつて被告会社は原告に対して民法第七〇九条に基づき同額の損害賠償請求債権を有するので、昭和五一年九月二八日の本件口頭弁論期日において、被告らの負担する損害賠償債務と対当額において相殺する旨の意思表示をした。

四  抗弁に対する認否

抗弁3の金員を慰謝として受領したことは認めるが、その余の抗弁事実はすべて否認する。

第三証拠〔略〕

理由

一  請求原因1の事実は、原告の受傷、乙車の損傷の程度の点を除き、当事者間に争いがなく、原告本人尋問の結果とこれにより真正に成立したものと認められる甲第六ないし第八号証によれば、原告は本件事故により頸椎捻挫の傷害を負い、原告所有の乙車は主としてその前部(フロントバンバー、ボンネツト、ラジエーター等)が破損したことが認められ、これに反する証拠はない。

二  被告らの責任について判断する。

1  まず被告今の過失の有無について検討するに、成立に争いのない甲第一ないし第五号証、原告及び被告今の各本人尋問の結果を総合すれば次の事実が認められる。

本件交差点は交通整理の行なわれていない交差点で、東西に通ずる道路は歩車道の区別がなく、その幅員は約四・一メートル、南北に通ずる道路の幅員は約六・五メートルであるが、道路の東側に縁石によつて区切られた歩道が設けられており、車道の幅員は約五メートルであつて、西から東に向け本件交差点に進入しようとした甲車から見れば、交差道路の左方はブロツク塀により、右方は家屋により各々見とおしがきかず、また北から南に向け本件交差点に進入しようとした乙車から見れば、左方は家屋のため、右方は右ブロック塀のため各々見とおしがきかない交差点である。南北に通ずる道路は南進の一方通行及び最高速度時速三〇キロメートルの、東西に通ずる道路は最高速度時速三〇キロメートルの各規制がなされている。この交差点に西方より進入しようとした被告今は交差点直前で一時停止した際、交差道路左方から時速約三〇キロメートルで進行中の乙車を左方約二一メートルの地点に認めた。しかしながら、被告今は乙車より前に交差点を通過できるものと軽信し、そのまま発進したところ、交差点中央を通過した直後、甲車左後部を乙車の前部に衝突させた。

以上の事実が認められ、この事実によると、被告今としては、乙車が交差道路を左方から進行して本件交差点に入ろうとしていたのであるから、乙車の進行妨害をしてはならない義務を負うものである(道路交通法第三六条第一項第一号)ところ、被告今が甲車を発進させて交差点に進入しようとしたとき、すでに乙車は時速約三〇キロメートルで交差点前約二一メートルに達していたのであるから、乙車が通過するのを待つて交差点に進入しなければならない義務があつたものというべきであり、にもかかわらず、被告今は乙車の前を通過しうるものと軽信し、交差点への進入を開始したのであるから、この点に過失があつたものといわざるを得ない。よつて、被告今は民法第七〇九条により、原告が被つた損害を賠償する責任がある。

2  次に、被告会社が甲車の保有者であることは当事者間に争いがないから、被告会社は甲車の運行供用者の地位にあつたものというべく、次に認定する甲車運行の態様によれば、被告会社は事故当時甲車を自己のため運行の用に供していたものである。

また被告今が被告会社の従業員であることは当事者間に争いがなく、前掲甲第二号証及び被告今の本人尋問の結果によれば、被告今は、事故当日の昭和五〇年八月一九日(火曜日)、甲車を運転し、被告会社の従業員三名らを同乗させて、被告会社の従業員の妻が入院していた山形市内の加賀山医院に見舞いに行く途中、本件事故を起こしたものであること、甲車は、被告会社が本件事故の約二か月前に新車で購入したものであり、以来被告今が連日運転使用していたこと、等の事実が認められる。右の事実によれば、被告会社はその従業員である被告今に会社の保有する甲車を日常的に使用せしめていたのであり、かつ本件事故発生の際における被告今の運行行為は被告会社の業務と密接な関連を有していたものと推認されるから、被告今の甲車運転は被告会社の業務の執行としてなされたものと認めるのが相当である。そして本件事故は被告今の過失によるものであることは前認定のとおりである。

以上によれば、被告会社は自賠法第三条及び民法第七一五条第一項により、原告の被つた損害を賠償する責任がある。

なお、被告会社は自賠法第三条但書の免責を主張するが被告今に過失がある以上、その理由がないことは明白である。

三  受傷による慰謝料について検討する。

前掲甲第六、第七号証、成立に争いのない乙第三、第四号証及び原告本人尋問の結果によれば、原告は本件事故により頸椎捻挫の傷害を受け、昭和五〇年八月二一日から同年九月二日までの一三日間に、松本整形外科医院に二日、上山治療院に一〇日各通院して治療を受けた事実が認められる。(原告は右認定以上に、かなり長期にわたり加療を要した旨主張するが、これを肯認するに足りる証拠はない。)また後記過失相殺の項で示すとおり、原告にも本件事故発生を回避すべき注意義務を欠いた運転態度が認められる。その他本件にあらわれた一切の事情に基づけば、原告が本件事故によつて受けた精神的苦痛に対する慰謝料は金三二、二〇〇円を超えないものと認めるのが相当である。

ところが、原告が自賠責保険より金三二、二〇〇円の慰謝料を受領したことは当事者間に争いがないのであつて、してみると右損害は全部填補されたことになる。

四  次に物的損害について考えるに、前掲甲第八、第九号証及び原告本人尋問の結果によれば、本件衝突事故により原告所有にかかる乙車の前部が破損し、約二週間の修理期間中その使用ができなかつたこと、原告は車両の修理代金として金二五二、〇五〇円の支出を余儀なくされたこと、原告は生命保険会社の外務員の仕事に従事していたものであるが、乙車修理の期間中、仕事上の必要から代車を他より賃借せざるを得ず、その賃借料として金七〇、〇〇〇円を支払つたことが認められ、原告の右支出はいずれも本件事故と相当因果関係に立つ損害であると認められる。

被告らは、原告と被告らとの間で各自の車両の修理費を負担し、互いに請求しない旨の合意がなされたと主張するが、本件にあらわれた全証拠によつてもかかる事実は認められず、この点に関する被告の抗弁は理由がない。

次に、過失相殺について検討するに、前記二の1において認定した事実に基づいて考察すると、本件交差点は交通整理が行なわれておらず、かつ甲車、乙車いずれにとつても左右の見とおしのきかない交差点であり、乙車進行道路(車道)の幅員は約五メートルであり、他方甲車進行道路の幅員は約四・一メートルであるから、原告の進路の幅員の方が広いとはいえるものの、この程度ではいまだ道路交通法第三六条第二項にいう幅員が明らかに広い道路ということはできず、右道路を進行する車両の運転者にとつても、徐行しつつ交差点を通行する義務が課せられている(同法第四二条第一号)。ところが、原告は時速約三〇キロメートルで本件交差点を通過しようとしたのであり、右徐行義務を怠つたものといわなければならず、しかも甲車の方が交差点に先に進入したことは明らかであつて、乙車は甲車の後部に衝突した。右事実によれば、原告にも事故回避の注意義務違反があるものというべく、その程度は原告の過失を損害の三割として過失相殺するのを相当と認める。そうすると原告が被告らに対し請求しうる物損の額は金二二五、四三五円である。

五  被告らは甲車破損による損害賠償請求権を自働債権とし、原告の被告らに対する損害賠償請求権を受働債権とする相殺を主張する。しかしながら、同一事故に基づく損害賠償債権相互間においても、民法第五〇九条により相殺が許されないものと解するのが相当であつて、被告らの右抗弁は採用しない。

六  結論

以上によれば、被告らは各自原告に対し、金二二五、四三五円及びこれに対する不法行為の後である昭和五〇年一二月二〇日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払うべき義務があるから、原告の本訴請求は右の限度で正当として認容すべきであるが、その余の請求は失当として棄却を免れない。

よつて、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九二条本文、第九三条第一項本文を、仮執行の宣言につき同法第一九六条第一項を適用し、なお仮執行免脱宣言は相当でないからこれを附さないこととして、主文のとおり判決する。

(裁判官 原健三郎)

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